東京地方裁判所 平成6年(ワ)23560号 判決 1997年6月25日
原告
川津和徳
ほか二名
被告
佐藤智宏
ほか二名
主文
一 被告佐藤智宏及び被告佐藤理英子は、
1 原告川津和徳に対し、各自金六九三七万六〇〇四円及びこれに対する平成四年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を、
2 原告川津晃三に対し、各自金九〇万円及びこれに対する平成四年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を、
3 原告川津恭子に対し、各自金九〇万円及びこれに対する平成四年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を、
それぞれ支払え。
二 被告大東京火災海上保険株式会社は、原告らの被告佐藤智宏及び被告佐藤理英子に対する判決が確定したときは、
1 原告川津和徳に対し、金六九三七万六〇〇四円及びこれに対する平成四年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を、
2 原告川津晃三に対し、金九〇万円及びこれに対する平成四年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を、
3 原告川津恭子に対し、金九〇万円及びこれに対する平成四年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。
三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
五 この判決は、第一項(1ないし3)に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告佐藤智宏及び被告佐藤理英子は、
1 原告川津和徳に対し、各自金一億三二五八万五六〇五円及びこれに対する平成四年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を、
2 原告川津晃三に対し、各自金二二〇万円及びこれに対する平成四年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を、
3 原告川津恭子に対し、各自金七二〇万円及びこれに対する平成四年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を、
それぞれ支払え。
二 被告大東京火災海上保険株式会社は、原告らの被告佐藤智宏及び被告佐藤理英子に対する判決が確定したときは、
1 原告川津和徳に対し、金一億三二五八万五六〇五円及びこれに対する平成四年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を、
2 原告川津晃三に対し、金二二〇万円及びこれに対する平成四年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を、
3 原告川津恭子に対し、金七二〇万円及びこれに対する平成四年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を、
それぞれ支払え。
(なお、原告川津和徳の請求は一部請求である。)
第二事案の概要
一 争いのない事実及び容易に認められる事実
1 原告川津和徳は、自動二輪車(以下「原告車」という。)を運転中、平成四年一二月八日午後五時五七分ころ、東京都中野区丸山一丁目二番先交差点において、交通事故に遭つた(以下「本件交通事故」という。)。
2 原告川津和徳は、本件交通事故により、胸椎骨折・脊髄損傷の傷害を負い、次のとおり入院した(ただし、一日重複しているので入院実日数は二四〇日である。甲第四号証、第五号証、第六号証の一)。
(一) 平成四年一二月八日及び翌九日(二日間)
日大板橋病院
(二) 平成四年一二月九日から平成五年三月一〇日まで(九二日間)
白鬚橋病院
(三) 平成五年三月一五日から同年八月八日まで(一四七日間)
国立身体障害者リハビリテーシヨンセンター
3 原告川津和徳は、平成五年八月一二日(同日における年齢は一七歳である。)、脊髄損傷による両下肢麻痺歩行不能・神経因性膀胱直腸障害・知覚脱出等の後遺障害を残して症状が固定した(甲第三号証)。
4 原告川津和徳は、政府保障事業から三〇〇〇万円を受領した(甲第一三号証)。
5 被告大東京火災海上保険株式会社は、被告佐藤智宏及び被告佐藤理英子を被保険者とし、本件交通事故を保険期間内とする自動車対人賠償保険契約を被告佐藤理英子との間で締結しているので、被告佐藤智宏及び被告佐藤理英子に対する損害賠償の判決が確定したときは、原告らに対し、右金員を支払うべき義務がある(弁論の全趣旨)。
二 争点
1 原告らの主張
(一) 本件交通事故の態様について
本件交通事故の態様は次のとおりである。
原告川津和徳は、道路左端を原告車で走行中、前方を走行していた宅急便のトラツクが本件交差点の手前約三〇メートル付近で左端に寄つて停車したため、道路中央寄りにやや移動し、トラツクの右側を走行して、トラツクを追い越した直後に再び道路左端に寄つて走行した。そのとき、被告車が、本件交差点を左折するため、ウインカーを出さずに突然左に寄つてきたため、急ブレーキを掛けたが間に合わず、被告車に衝突した。
そして、被告佐藤理英子は被告車の保有者であり、被告佐藤智宏は、被告佐藤理英子から被告車を借りて自己の用事のために被告車を運転していた。
したがつて、被告佐藤智宏及び被告佐藤理英子は、それぞれ運行供用者として、自賠法三条本文に基づき、本件交通事故による損害を賠償すべき義務がある。
(二) 損害について
(1) 原告川津和徳の損害
ア 治療費 五九六万七〇六八円
イ 付添費 六六万八九五六円
平成四年一二月九日から平成五年三月八日までの入院付添費である。
ウ 入院雑費 二八万八〇〇〇円
一日当たり一二〇〇円、入院期間二四〇日に基づく金額である。
エ 将来の雑費 六八八万九七四〇円
原告川津和徳は、生涯、日常生活をする上で排便用ゴム手袋、収尿器、紙おむつが必要であるところ、これらの費用は、一日当たり一〇〇〇円を下回らない。
そして、原告川津和徳は症状固定日(平成五年八月一二日)において一七歳であつた(前記一3)から、平均余命が五九年となるところ、五九年に相当するライプニツツ係数が一八・八七六である。
したがつて、将来の雑費は、次の数式のとおり六八八万九七四〇円となる。
1,000×365×18.876=6,889,740
オ 介護料 三四四四万八七〇〇円
原告川津和徳は、車椅子生活であり、ある程度自分で身の回りのことはできるが、入浴、調理、買物、洗濯等につき介護が必要であり、自動車の運転が自分でできるとはいえ、雨の日の外出に介護が必要なこともある。そのため介護の必要性がある。
そして、介護料は一日当たり五〇〇〇円を下回らず、また、原告川津和徳は症状固定日(平成五年八月一二日)において一七歳であつた(前記一3)から、平均余命が五九年となるところ、五九年に相当するライプニツツ係数は一八・八七六である。
したがつて、介護料は、次の数式のとおり三四四四万八七〇〇円となる。
5,000×365×18.876=34,448,700
なお、原告川津和徳の両親が六七歳になる平成二八年以降は、両親による介護が不可能であるため職業付添人の介護を必要とすることをも考慮すると、右主張金額は相当である。
カ 逸失利益 八八九二万一七九五円
原告川津和徳は、平成八年四月から地方公務員として中野区立中央図書館に勤務しているが、仕事につき同僚の好意に頼つている部分があり同僚と同じようにできるわけではないから、将来の昇給、昇進、転任等につき健常者に比べて不利といえ、また、勤務を続けるために原告川津和徳は特別の努力をしている。これらのことからすれば、原告川津和徳の逸失利益を算定する際には、労働能力を一〇〇パーセント喪失したことを前提にすべきである。
そして、症状固定日(平成五年八月一二日)において一七歳であつた(前記一3)ところ、本件交通事故に遭わなければ一八歳から六七歳までの四九年間、少なくとも平成四年賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、高卒男子労働者の全年齢の平均賃金額である五一三万八八〇〇円の収入を得ることができた。
したがつて、逸失利益は、次の数式のとおり八八九二万一七九五円となる。
5,138,000×(18.256-0.952)=88,921,795
なお、一八・二五六は一七歳から六七歳までの五〇年のライプニツツ係数であり、〇・九五二は一七歳から一八歳までの一年のライプニツツ係数である。
キ 慰謝料 二八〇〇万〇〇〇〇円
原告川津和徳は、本件交通事故により、一七歳にして下半身麻痺等後遺障害別等級表第一級に相当する後遺障害を負わされ、一生、車椅子生活を余儀なくされた。
また、原告川津和徳は、被告車に自賠責保険が掛けられていないとして政府保障事業に対し請求をしたところ、自賠責保険が掛けられていると言われたため、いつたん右請求を取り下げ、自賠責保険の被害者請求をしたが、アフロス(保険事故発生後の保険契約)であることが明らかになつたため、平成五年一〇月一日に再び政府保障事業に対し請求をしなければならなくなつた。そして、原告川津和徳が右請求に基づく三〇〇〇万円を受領したのは平成六年九月になつてからである。これらは、被告佐藤智宏がアフロスをしたためである。
さらに、被告佐藤智宏は捜査機関でした供述等と異なり、かつ、信用できない供述を本件訴訟でしている。
このような、原告川津和徳の後遺障害の程度、被告佐藤智宏の言動からすると、慰謝料は二八〇〇万円とするのが相当である。
ク 自動車の特別仕様分 一〇九万一一五〇円
原告川津和徳は、自ら移動するため自動車が必要であるところ、下半身麻痺の後遺障害のため両手のみで自動車の運転がすべてできるように、自動車に特別仕様を施さなければならない。
ところで、原告川津和徳が本件交通事故後自動車を初めて購入したのが平成六年八月(一八歳)のときであり、このとき特別仕様(三一万四〇〇〇円)を施したところ、自家用普通乗用自動車の法定耐用年数が六年であるから、六年ごとに特別仕様を施さなければならない。そして、原告川津和徳は、七五歳まで自動車を運転するといえるから、一八歳のときから六年ごとに後九回特別仕様を施さなければならない。
したがつて、自動車の特別仕様分の損害は、次の数式のとおり一〇九万一一五〇円となる。
314,000+314,000×(0.677+0.505+0.377+0.281+0.210+0.157+0.116+0.087+0.065)=1,091,150
ケ 車椅子購入費 一一二万一一九〇円
車椅子は、原告川津和徳が一七歳(症状固定日の年齢。前記一3)のときに購入し、四年に一度買い換える必要があるところ、原告の平均余命が一七歳のときから五九年となるから、四年ごとに後一四回買い換えなければならない。
したがつて、車椅子の購入費は、次の数式のとおり一一二万一一九〇円となる。
210,000+210,000×(0.823+0.677+0.557+0.458+0.377+0.310+0.255+0.210+0.173+0.142+0.117+0.096+0.079+0.065)=1,121,190
なお、車椅子購入費(二一万円)は、公的給付を受けられるが、損害として請求できるものである。
コ 家屋改造費 八〇万〇〇〇〇円
原告川津和徳が車椅子で生活できるように、<1>玄関の段差をなくすためにスロープを付けた。<2>トイレの段差をなくすためにスロープを付けた。<3>トイレに手すりを付けた。<4>トイレに車椅子で入れるようにトイレ手前にあつた洗面所を撤去した。<5>同人が使う部屋の畳を撤去し木の床にした。という家屋の改造をし、また、電動ベツドを設置した。
これらの費用八〇万円につき公的給付を受けたが、損害として請求できるものである。
サ 弁護士費用 九〇〇万〇〇〇〇円
(2) 原告川津晃三の損害
(一) 慰謝料 二〇〇万〇〇〇〇円
(二) 弁護士費用 二〇万〇〇〇〇円
(3) 原告川津恭子の損害
(一) 美容院収入の減少 四五〇万〇〇〇〇円
原告川津恭子は、美容院を経営しているが、本件交通事故により、原告川津和徳の就学中は学校への送迎が必要になり、朝夕一時的に店を閉めざるを得なくなつたため予約制としなければならなかつた。そのため客が激減し、収入が減少した。その額は四五〇万円を下回らない。
(二) 慰謝料 二〇〇万〇〇〇〇円
(三) 弁護士費用 七〇万〇〇〇〇円
2 被告佐藤智宏及び被告佐藤理英子の主張
本件交通事故の態様は次のとおりである。
(一) 被告車が走行していた車線は、本件交通事故当時、相当渋滞しており、被告車は、停車と低速度(時速四、五キロメートル)の走行を繰り返していた。
(二) 被告佐藤智宏は、本件交差点を左折するため、別紙交通事故現場見取図一(以下「見取図一」という。)記載のA地点で左ウインカーを出し、時速四、五キロメートルの低速度で走行を続けた。A地点通過後も停止と低速度の走行を繰り返す状態であつたため、B地点までの約一四・六メートルを走行するのに少なくとも三分程度は掛かつた。
(三) 被告佐藤智宏は、本件交差点に近づいたため、ゆつくりと左にハンドルを切り始めた。その際、ルームミラー、サイドミラー、目視の順で後方及び左方の安全確認をしたところ、被告車の後方にはライトバンが続いていたが、被告車左方を走行してくるバイク、自転車等はなかつたことを確認した。
そして、被告佐藤智宏は、B地点に至つたときに被告車後方で自動二輪車が転倒するような音を聞いたため、とつさにブレーキペダルを踏んだところ、被告車はC地点に停車した。
(四) 原告車は、左側面を上に向け転倒したまま、被告車の左側面を通過し、C地点の被告車から約一一メートル前方の地点(見取図一でバイクが記載された地点)に停止した。その際、原告車のいずれかの部分が、C地点に停車していた被告車の後部バンパー左隅部分と接触した。
(五) 被告佐藤智宏は、本件交通事故後、被告車をD地点まで移動させて停車し、車外に出たところ、路上に仰向けに転倒している原告川津和徳を発見した。そのときの原告川津和徳の位置は見取図一の人の形が記載された所である。
なお、見取図一の擦過痕以外の記載は被告佐藤智宏及び被告佐藤理英子の指示説明を基に現場を実際に測量して特定したものであり、擦過痕の記載は実況見分調書(乙第二号証の二)の交通事故現場見取図記載のものを転記したものである(転記は、<×>地点を右交通事故現場見取図の基点からの距離によつて特定し、<ア>'地点を<×>地点と路肩からの距離によつて特定した上で、<ア>'地点と<×>地点を結ぶ一二メートル(一〇〇分の一に縮尺して一二センチメートル)の直線を引く方法によつている。)。
(六)(1) 被告佐藤智宏がウインカーを出したA地点は、本件交差点までの距離と、被告車の速度からすると、後続車への合図として十分な余裕がある地点である。
(2) 被告佐藤智宏が自動二輪車の転倒するような音を聞いたB地点、及び被告車が停車したC地点において、被告車は、車線のほぼ中央におり、左前輪がわずかに左に寄つた状態である。すなわち、原告車が転倒したとき、あるいは、原告車が被告車と接触したときにおいて、被告車は、道路左端を走行して来るオートバイ等の進路を妨害するほど移動していない。
(3) したがつて、被告佐藤智宏は本件交通事故につき過失はない。
3 被告大東京火災海上保険株式会社の主張
(一) 原告川津和徳の損害
(1) 介護料
原告川津和徳は、調理等を除いて車椅子でほぼ自立しており、また、雨の日の外出にもほとんど介護が必要でない。
したがつて、原告川津和徳には介護がほとんど必要がないというべきである。
(2) 逸失利益
原告川津和徳は、本件交通事故により商業高校を一年留年後卒業し、その一年後である平成八年四月から地方公務員として中野区立中央図書館に勤務し、職務内容も障害者であることを考慮したものとなつており、また、健常者と変わらない給料を支給されている。
すなわち、原告川津和徳の地位からすれば現在及び将来の収入の減少が生じないから、逸失利益は認められない。
(3) 慰謝料
被告佐藤智宏の言動は慰謝料増額の理由とはならない。
(4) 車椅子購入費及び家屋改造費
車椅子購入費及び家屋改造費は、公的給付を受けられるから、損害とならない。少なくとも現実に公的給付を受けた分は損害とならない。
(二) 原告川津恭子の損害
原告川津恭子が経営する美容院の収入の減少は、本件交通事故と相当因果関係がないものである。
第三当裁判所の判断
一 本件交通事故の態様について
1 被告佐藤智宏は、捜査機関に対し、次のとおり供述等をしており(乙第二号証の二・三・八)、原告川津和徳の供述もほぼ同趣旨である(甲第一〇号証一項、乙第二号証の五、第一〇号証一項、同人の本人調書(一項ないし三項・一五項ないし二四項・三一項・三四項ないし四一項・四四項・四五項。)。
なお、原告川津和徳は、転倒後一二メートルも滑走していないと供述する(同人の本人調書二〇項)が、急ブレーキで原告車が転倒して路面に落ちその後多少前に滑走して被告車に衝突したとも供述していること(同人の本人調書二四項)からして、転倒して原告車から放り出された原告川津和徳がその後多少前に滑走して被告車に衝突したと推認できるから、転倒後一二メートルも滑走していないとの原告川津和徳の供述の存在をもつて、同人の供述と、捜査機関に対する被告佐藤智宏の供述等とが矛盾するとまではいえない。
(一) ウインカーを出した後、被告車のハンドルを左に切り始めた地点は別紙現場見取図二(以下「見取図二」という。)記載<1>。
(二) 被告車の左後方<ア>'地点付近で転倒音を聞き、危険を感じ、ハンドルを右に切ると共にブレーキを掛けた地点は<2>。
(三) 衝突した地点は<×>、そのとき被告車は<3>、原告車は<ア>。
なお、被告佐藤智宏は、このとき初めて原告車に気付いた。
(四) 被告車が停車した地点は<3>、原告車が転倒していた地点は<イ>。
2(一) ところが、被告佐藤智宏は、本件訴訟において、捜査機関にした供述等と異なり、被告佐藤智宏及び被告佐藤理英子の主張(前記第二の二2)に沿う供述をし、その理由として、<1>警察での取調べの際、自己に責任がないと思つていたから、実況見分調書及び供述調書の内容に注意を払つていなかつたこと、<2>検察庁での取調べの際、本件訴訟における供述と同じ話をしたが、検察官に過失を認めれば略式命令による罰金で済ませてやるが、争うなら正式裁判となると言われたことを挙げている(乙第三号証、被告佐藤智宏の本人調書一四項・一五項・二二項・三六項)。
しかしながら、被告佐藤智宏は、ウインカーを出した地点、自動二輪車の転倒する音を聞いた地点、とつさにブレーキを踏んで停車した地点等を、警察官と一緒に車道を歩きながら説明し、その際、警察官と言い争いになることもなく、また、警察署における取調べの際も見取図を示されながら供述したが警察官と言い争いにならなかつた(乙第三号証三頁・四頁、被告佐藤智宏の本人調書二九項・三二項・四一項)から、警察官は、その際における被告佐藤智宏の指示説明及び供述が事実に反していると考えていなかつたと推認でき(証人高橋義夫の証人調書五項・八項ないし一九項・二一項・二二項・二五項・二六項・二九項・三二項・三四項も同趣旨である。)、そのような状況の下で警察官が被告佐藤智宏の指示説明及び供述に反する実況見分調書及び供述調書を作成するとは考えられない。
また、実況見分調書(乙第二号証の二)の作成が本件交通事故日(平成四年一二月八日)の翌日である平成四年一二月九日であり、被告佐藤智宏の供述調書(乙第二号証の三)の作成が本件交通事故日である平成四年一二月八日であるところ、原告川津和徳の取調べ及び供述調書の作成が、同人のけがのため大幅に遅れた(証人高橋義夫の証人調書四項、原告の本人調書四項。なお、原告川津和徳の供述調書(乙第二号証の五)の作成日は平成五年八月一〇日である。)から、警察官が、原告川津和徳の供述に合わせるように、実況見分調書(乙第二号証の二)及び被告佐藤智宏の供述調書(乙第二号証の三)を作成したとは考えにくい。
これらのことからすると、警察官が被告佐藤智宏の述べたことと異なる内容を調書に記載したとは考えられず、かえつて、警察官が作成した実況見分調書(乙第二号証の二)、供述調書(乙第二号証の三)は、被告佐藤智宏の述べたことを正しく反映していると推認でき、右調書と同様の内容が記載された検察官作成の供述調書(乙第一号証の八)もその内容は正しいものと推認できる。
なお、被告佐藤理英子も被告佐藤智宏と同様の供述をする(同人の平成七年一二月一一日付け本人調書二項・四項ないし七項、平成八年三月四日付け本人調書一項・一二項)が、右で述べたように本件交通事故の態様に係る被告佐藤智宏の供述が信用できないから、被告佐藤智宏と同様の被告佐藤理英子の供述も信用できない。
3(一) 以上のことからすると、本件交通事故の態様は前記1のとおりであると認められるから、被告佐藤智宏に本件交通事故につき過失がないとはいえない。
そして、右本件交通事故の態様からすると、原告川津和徳は、本件交通事故につき二割の過失があるとするのが相当である。
(二) ところで、被告佐藤智宏及び被告佐藤理英子は、姉弟であり、本件交通事故当時同じ住所地に住んでいた。
被告車は、被告佐藤理英子の所有であつたが、被告佐藤智宏も大学の通学のため何度も運転していた。
そして、本件交通事故当日、被告佐藤智宏は、被告佐藤理英子を助手席に乗せて被告車を運転し、整備工振興会に行く途中であり、同所で被告佐藤智宏が降りた後は被告佐藤理英子が被告車を運転して帰宅する予定であつた。
(乙第二号証の三、被告佐藤智宏の本人調書二項・二一項、被告佐藤理英子の平成七年一二月一一日付け本人調書三項、弁論の全趣旨)
したがつて、被告佐藤智宏及び被告佐藤理英子は、被告車につきそれぞれ運行供用者として、自賠法三条本文に基づき、本件交通事故による損害を賠償すべき義務がある。
二 原告川津和徳の損害について
1 治療費 一八六万八四一四円
治療費は、一八六万八四一四円の限度で認められる(甲第四号証、第五号証、第六号証の一)。
2 付添費 四五万七二五六円
付添費は、四五万七二五六円の限度で認められる(甲第七号証の一ないし九、第八号証の一ないし九)。
3 入院雑費 二八万八〇〇〇円
入院雑費は、一日当たりの入院雑費一二〇〇円、入院期間二四〇日(前記第二の一2)であるから、原告川津和徳の主張のとおり認められる。
4 将来の雑費 六八八万九七四〇円
将来の雑費は、原告川津和徳の症状固定日(平成五年八月一二日)の年齢が一七歳である(前記第二の一3)から平均余命が五九年であると考えられること(五九年のライプニツツ係数は一八・八六七である。)、甲第九号証七項、第一〇号証六項、第一一号証の一ないし四四、第一八号証一項ないし三項、原告川津和徳の供述(同人の本人調書一〇項)によると、原告川津和徳の主張のとおり認められる。
5 介護料 一三七七万二九一〇円
原告川津和徳の後遺障害の程度は、<1>上肢運動機能 異常なし。<2>歩行不能。<3>車椅子による移動 可能。<4>身障者用自動車の運転・移動 可能。<5>食事 はしを使用して可。<6>排泄 障害あり、尿意・便意なし、自己導尿による排尿、座剤を使用しての排便を行つている。<7>入浴 車椅子用の特殊設備の風呂にて入浴可能。<8>着脱衣 可能。<9>起床・就寝 普通に可能。<1>上肢及び下肢の知覚 上肢正常、下肢脱出。<1>傘を差せない。<1>階段の登り降りができない。<1>段差の乗り越えができない。<1>調理ができない。という状況であり、改善の見込みがなく、介護は、車椅子用の環境では不要であるが、一般的な日本の家屋状況では必要である(甲第九号証三項・五項・六項、第一〇号証二項・四項ないし六項、丙第一号証、原告川津和徳の本人調書五項・七項・一〇項・一二項・二七項・三三項、調査嘱託の結果)。
これらのことからすると、原告川津和徳には、全面的な介護の必要性までは認められないが、部分的な介護の必要性は認められるところ、右部分的な介護料の額は一日当たり二〇〇〇円を相当とする。
そして、原告川津和徳の症状固定日(平成五年八月一二日)の年齢が一七歳である(前記第二の一3)から平均余命が五九年であると考えられる(五九年のライプニツツ係数は一八・八六七である。前記4参照)。
したがつて、介護料は、次の数式のとおり、一三七七万二九一〇円となる。
2,000×365×18.867=13,772,910
6 逸失利益 六六六九万一三四六円
(一) 原告川津和徳は、本件交通事故当時、都立四谷商業高校二年生であつたところ、病院を退院後、平成五年九月復学したが、一年留年して平成七年三月卒業し、平成八年四月に現在の勤務先である中野区立中央図書館に地方公務員として就職した。仕事は、書類作成等の事務作業であり、外来者との対応はしていない。
中野区立中央図書館において現在は給料・待遇の面で健常者と差はないが、昇進で差があるかは明らかでなく、後遺障害により、本棚の整理の際に高い棚に本を上げられない、職場の旅行等に参加できないといつた不利益がある。
(甲第九号証四項、第一〇号証三項・七項、原告川津和徳の本人調書八項・九項・三二項)。
(二) 原告川津和徳の右勤務条件によると、現在において健常者と同一の給料を得ているから、原告川津和徳が主張するように賃金センサスの平均賃金全額に基づき逸失利益を算定するのは相当ではない。
もつとも、後遺障害の程度(前記第二の一3、前記5)からすると、原告原告川津和徳は、中野区立中央図書館の勤務において特段の努力をしていると認められる上に、できる仕事に制限があるため将来的に昇進等で差が出る可能性があることも併せ考えると、被告大東京火災海上保険株式会社が主張するように逸失利益がないとするのも相当ではない。
そして、原告川津和徳の右勤務条件、右後遺障害の程度を総合すると、三八五万四一〇〇円の収入を喪失したとするのが相当である。
したがつて、逸失利益は、次の数式のとおり六六六九万一三四六円となる。
3,854,100×(18.256-0.952)=66,691,346
なお、一八・二五六は一七歳から六七歳までの五〇年のライプニツツ係数であり、〇・九五二は一七歳から一八歳までの一年のライプニツツ係数である。
7 慰謝料 二六〇〇万〇〇〇〇円
弁論に現れた諸般の事情を考慮すると、原告川津和徳の慰謝料は二六〇〇万円とするのが相当である。
なお、被告佐藤智宏の対応を慰謝料を算定する際の事情のひとつとして考慮できることは当然である。
8 自動車の特別仕様分 一〇九万一一五〇円
自動車の特別仕様分は、原告川津和徳の後遺障害の程度(前記第二の一3、5)、甲第一二号証、原告の供述(同人の本人調書六項)、弁論の全趣旨によると、原告川津和徳の主張の一〇九万一 一五〇円を下回らないことが認められる。
9 車椅子の購入費 九一万一一九〇円
将来の購入費は、既に給付を受けた二一万円を除き(甲第一八号証四項、弁論の全趣旨)、原告川津和徳が公的給付を受けることが確定していないから、同人の損害となるというべきである。そのため、原告川津和徳の車椅子の購入費の主張は、公的給付として支払われた二一万円分を除き認められる。
したがつて、車椅子の購入費は、次の数式のとおり九一万一一九〇円となる。
210,000×(0.823+0.677+0.557+0.458+0.377+0.310+0.255+0.210+0.173+0.142+0.117+0.096+0.079+0.065)=911,190
10 家屋改造費 〇円
家屋改造費八〇万円につき公的給付を受けていることは原告川津和徳の自認するところであり(前記第二の二1(二)(1)コ)、既に公的給付として受領している以上、家屋改造費八〇万円は損害とならない。
(一) 損害合計 六九三七万六〇〇四円
原告川津和徳の損害が合計一億一七九七万〇〇〇六円であること(前記1から10まで)、原告川津和徳に二割の過失があること(前記一)、既払金が三〇〇〇万円あること(前記第二の一4)、弁護士費用が本件訴訟の経過・認容額からして五〇〇万円が相当であることからすると、原告川津和徳の損害合計は、次の数式のとおり、六九三七万六〇〇四円となる。
117,970,006×(1-0.2)-30,000,000+5,000,000=69,376,004
三 原告川津晃三の損害について
1 慰謝料 一〇〇万〇〇〇〇円
弁論に現れた諸般の事情を考慮すると、原告川津晃三の慰謝料は一〇〇万円とするのが相当である。
2 損害合計 九〇万〇〇〇〇円
原告川津晃三の損害が一〇〇万円であること、原告川津和徳に二割の過失があること(前記一)、弁護士費用が本件訴訟の経過・認容額からして一〇万円が相当であることからすると、原告川津晃三の損害合計は、次の数式のとおり九〇万円となる。
1,000,000×(1-0.2)+100,000=900,000
四 原告川津恭子の損害について
1 美容院収入の減少 〇円
原告川津恭子の美容院経営に係る所得は、平成三年分が一七〇万四五〇二円、平成四年分が二一八万七〇二八円、平成五年分が四三万九八二六円、平成六年分が七〇万一三三三円、平成七年分が七四万七三二一円となつており(甲第一七号証の一ないし五)、本件交通事故後、減少していることが認められる。
しかしながら、原告川津恭子がした原告川津和徳の学校への送迎は、登校時と下校時であり、その間、店を閉めざるを得なくなつたため予約制としなければならなかつた(甲第九号証四項)としても、右所得の減少がすべて右送迎によるものとまで推認することはできない。
したがつて、美容院収入の減少に係る原告川津恭子の主張は、これを認めるに足る証拠がないから、失当である。
2 慰謝料 一〇〇万〇〇〇〇円
弁論に現れた諸般の事情を考慮すると、原告川津恭子の慰謝料は一〇〇万円とするのが相当である。
3 損害合計 九〇万〇〇〇〇円
原告川津恭子の損害が一〇〇万円であること(前記2)、原告川津和徳に二割の過失があること(前記一)、弁護士費用が本件訴訟の経過・認容額からして一〇万円が相当であることからすると、原告川津恭子の損害合計は、次の数式のとおり九〇万円となる。
1,000,000×(1-0.2)+100,000=900,000
五 結論
よつて、原告らの請求は、
1 被告佐藤智宏及び被告佐藤理英子に対し、
(一) 原告川津和徳が、各自金六九三七万六〇〇四円及びこれに対する平成四年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を、
(二) 原告川津晃三が、各自金九〇万円及びこれに対する平成四年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を、
(三) 原告川津恭子が、各自金九〇万円及びこれに対する平成四年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を、
2 被告大東京火災海上保険株式会社に対し、原告らの被告佐藤智宏及び被告佐藤理英子に対する判決が確定したときは、
(一) 原告川津和徳が、金六九三七万六〇〇四円及びこれに対する平成四年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を、
(二) 原告川津晃三が、金九〇万円及びこれに対する平成四年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を、
(三) 原告川津恭子が、金九〇万円及びこれに対する平成四年一二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を、
それぞれ求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないからいずれも棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判官 栗原洋三)
交通事故現場見取図(一)
交通事故現場見取図(二)